Draft: My Funny Valentines

そういえば、このブログの副タイトルは
「世界をまあるく収めたいTBTが酒の勢いで書くブログ」である

まあるく収めるからには、本人も相当まあるくないとなのですよね。まあいろいろまあるいんですけど、でもそれなりに尖っていて苦労、というか無駄に損をしているときもある

だが、だが!バレンタインデーに関しては、ずいぶんとまあ、前より
まあるく考えられるようになった。

なんかもうここまで書いても「すげえどうでもいい投稿だな」とじわじわと感じてはいるものの、
一方で、一人のミレニアル世代にとっての「バレンタイン」という体験が、四半世紀でどのように変化していったのか、これを追ってみるのはある種史的な気がしてならないである。ということで、つらつら書き留めることにする。
1990-1998

イギリスに5年間いた時期、バレンタインなんてあっただろうか…覚えていない。チョコを手渡しあったり、などフラットでオープンなやりとりはあったかもしれない。ホワイトデーは毛頭記憶にない
1998-2002

小学生時代。わたしはバレンタイン当日、教室に入ろうとしたところ、廊下に並ぶ鞄かけからひとつ落ちて倒れてしまっている手提げ袋を見つけた。かけておいてあげよう、とその花柄の手提げを持ったとき、ファスナーのついていないタイプだったんだな、中身が見えてしまった。もちろんそれは誰かがきれいにラッピングを施したバレンタインチョコレートである。当然渡す前だ。

これがバレンタインチョコレートか

と小学校3年生のTBTは思った。今も変わらず、あのとき見たバレンタインチョコレートこそが、バレンタインチョコレートである。
ここから先が問題だった。授業が終わり、帰り際、例の手提げをなんとかちゃんがもって帰ろうとしているのを見かけた。そこでふと、ああなんてわたしは馬鹿なのだろう、

あ、それなんとかちゃんの手提げだったんだね!さっき落ちちゃってたから適当にかけておいたんだけど、よかった~

もはや何がよかった~なのか分からねえ
あのときのなんとかちゃんのぎょっとした顔、忘れられない……まあでもちゃんと渡せたし、思いは通じたのだと思う。まあそもそもチョコレートがなくても思いはいつか伝わるものだと思うが……そのときのなんとかちゃんにとっては、とても大切な思いの欠片だったはずだ。

バレンタインは繊細だ

そう思ったのもその日だった

ちなみに自分のバレンタイン体験は全く覚えていない
2003-2006

くっそめんどくさえな!

「友チョコ」という高度な概念が蔓延っていた時代だ。今だから書くが心底面倒くさかった。でも、でもでも、渡して驚いてもらえたり喜んでもらえたり、自分も思わぬ友達からもらえたりして嬉しかったし美味しかったのは間違いない。間違いないのだが、面倒くさかった。配ってたけど、大変だった。そして、なにより自分の面倒くさい精神とお節介精神がせめぎあう「どの友達にまで配るの?」…
…廊下に落ちてる手提げ袋

…アイツバレンタインの時だけオフィスいるよね

…こういう味がするんだ、ケーキって……

…これ、返さなきゃ行けないの?ここで贈与の関係が生まれるの?

…屋上でバラの一輪挿しとパスタ作ったお前

 

そういや今年は男性社員からクッキーを一枚もらった。ちょう嬉しいよねそういうの。

そういやさりげなくこんなダンディな人の写真を載せたが、知っている人はいるのだろうか?

答えはバレンタインの本質(のひとつ)でもある「贈与論」、そうこの人は贈与論の男

 

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