気持ちよさそうに眠りこむ鳩の話

どうしても書きたいと温めていて、酔うたびに書いてはみるものの、なんというか酔いが覚めてしまうというか、そのくらいだらだら書き溜めてきた話。

とは言っても、とても些細な出来事のことである。1か月前、何でもない平日の朝に起こった出来事。思い返してみてもすっごいどうでもいい話。でもなぜかずっと忘れられない。なんでかねえ

 

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とても眠い朝、いつものとおり駅の近くの花屋さんを、眠気まなこで横切った

ふと視界に、ぐっすりと眠りこむ鳩が入り込んだ、気がした

本当にぐっすりと、スッッッヤァァァァァァァ と眠る鳩が目に入った、気がした

あまりにも心地良さそうに、自らの温かそうな鳩胸に深く、ふんわりと沈み込んでいるものだから

本物の鳩ではないんじゃないか、置物なのではないか、という気持ちがすぐに過った。

もう一度振り返って確かめた。二度見をしたわけだ。

けどやっぱりそこには、ポインセチアの鉢植えが置かれている台の下にちょうど良くできた隙間の中で、

気持ちよさそうに眠りこむ鳩がいた。

 

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もともと鳥好き、鳩好きなのもあるが、何かよくわからない強烈な引力、磁力に引かれて二度見をした。

ほんの10秒未満のことだったが、強烈に猛烈にそのシーンが頭に残った。しかもスローモーションでだ!

そのあと何日もわたくしはあのぐっすりと眠りこむ鳩のことが忘れられなかった…けれども翌日以降、同じ場所でその鳩を見かけることは一度たりともなかった。

 

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あれはなんだったのだろうか、また会えないだろうか、ともやもやする日々。満員電車の中でよく考えて、「XX駅 花屋 鳩 寝てる」と、グーグル先生に話しかけたりしていた。

そんな中とある朝、もう一度あの二度見を頭の中で再生していたところ、その場面で一つ覚えていることがあったことに気が付いた。

 

その鳩は水色の脚環(あしわ)をつけていたのだ。一呼吸おいて、

「つまり、その鳩は伝書鳩なんだ」と自分の中の何かが答えた。*

 

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ここまでスルリと解答が出てくることに結構驚いた。「あれは伝書鳩だ」と、あたかも名探偵のように答えが現れ、腹落ちしているのだ。

とんだ妄想、脳の捏造かとも疑った。なぜなら伝書鳩のことをほとんど知らなかったし、足環をしている鳩=伝書鳩、と少なくとも並べて考えたことは、少なくともここ数年ではなかった。鳥は調査のために足環をつけられていることがあるから、必ずしも「通信手段用の個体」とは判断しない気がする。

でもやっぱり伝書鳩なんだ、と確信が芽生えた。あの花屋さん、少し古風な感じがするし、きっと伝書鳩を飼っているのだろう、と自分の中で結論付けた。その後しばらくは、満員電車の中でグーグル先生から「伝書鳩」について教えてもらう日々が数日続いた。

これまで触れたことのない、知らない世界があった。

 

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日本伝書鳩協会

なるほど、日本にいる伝書鳩は、まずこの協会に仲間入りをしているらしい。

 

そしてまず飛び込んでくるTOP NEWS 「レースのお知らせ」…レース??!

伝書鳩はご想像の通りそもそもは手紙とか小包を決まった場所に届けるのが楽しみ方だったが、鳩の飛翔能力とか、還ってくる性質とかを生かして、100kmから、長くて1000kmのレースを楽しむ「ピジョンライフ」こそが現代の楽しみ方だそうだ!1000kmとかになると生還率(ゴール率)は10%以下とか…過酷だ…

だからこそ、鳩が還ってきてくれたときの感動は、それはそれは大変なもののようだ。

 

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さて、例の鳩である。あの気持ちよさそうに眠りこむ伝書鳩である。

あの花屋の伝書鳩に会いたい…!気持ちは募る一方だった。

しかし、毎日横切るも、いつもいない。

 

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そのうち、あの鳩は本当にいたのだろうか?あれはやっぱり見間違い?鳩の、伝書鳩の亡霊??なんて考えるようになってきてしまった。鳩の亡霊はさすがに笑ったが、そっちの方が現実味があるように思えてさえきた。

 

だからしびれを切らして、花屋の娘にポインセチアの手入れについてアドバイスを請うふりをして**聞き出すことにした。

「あの、ここのお店で、鳩…伝書鳩…飼ってます?あ、別にクレームとかじゃなくて…」

 

結局、あの朝鳩はいた、ということが分かった。だけどもういなかった。

 

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あの日の朝、花屋の前でその鳩はふらふらしていたそうだ。一人の若いサラリーマンが気にかけて、花屋の棚の下に連れてきて、ぽんと置いていったとのことだった。花屋の娘曰く、たまに目を開けたり寝たりしていたが、もうほとんど意識があるのかわからない、うとうとした状態が続いていた上、ちゃんと世話をしてあげられないから、どこかに連絡しようとした。そのとき脚環があったから、もしかしてと思って伝書鳩協会に連絡。何時間かあとに引き取ってもらったとのことだ。

 

あのぐっすり眠りこむ鳩は、まさに死にゆく迷い鳩だったのだ。

 

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無意識に吸って吐いている空気のように、生きていることは当たり前。そんなことも実感しないまま

東京でのうのうと生きていると、たまにしか目の当たりにしない。死、の出来事。

死は美しいなあ、と思った出来事。

 

でも決して たまにしかないから美しいのではない。生と同じ数だけ死はあるはずだし。

死があるからこそ、生があたたかい。んでもって、生から死に移り変わる瞬間、そこに

生あっての死、死あっての生を感じられるし、死と生どちらももつ「温かさ」と「冷たさ」が入り混じった、今夜の雨上がりの生ぬるい空気のような、一時の感覚がある。

 

あの鳩が死んだように熟睡していたのか、あるいは尊い昼寝のように死んでいたのかは分からないけど

とにかく美しかったんです。

 

TBT

 

 

 

*正気です。新しい能力だといいなあ

 

**先日見かけたら値上がりしちゃってた…

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